Archive for 2010年6月

百人一首物語 その24 『ぬさ』

2010年6月30日

「んで、旅の人ぉ、ぬさは?」
私は聞き返した。聞き違えたと思ったからだ。荷物持ち兼道案内に雇った地元の男は、振り返ると今度はゆっくり言った。
「ぬ さ は ?」
「ぬさ? 何だそれは」
「何だと言われても、ぬさはぬさだ。お前ぇ、手向山入ぇるのに、ぬさ忘れたと言うかや?」
「いや、忘れたも何も、そのぬさを知らぬ」
「あはー」
そう言ったきり、男はその場に座り込んでしまった。
「おい、どうした。おい、どうした」
肩を揺すると、男は立ち上がって言った。
「旅の人さ、悪ぃけど、ちょっくら帰らせてくんろ」
「おいちょっとまて」
私は男の手を取った。引き止めなければ、男は山道を駆け降りていったであろう。背中の荷物の重さに引かれて、男は転びそうになった。
「離してくんろ、後生だから」
「ここでお前に帰られては、私が困る。その、なんとかとはどうすれば手に入る?」
「なんとかで無ぇ。ぬさでさ。村さ戻れば、ありまさ」
「村にあるのか」
「へぇ。いくらでも、ありまさー」
「そんなにあるのか。じゃあ、このへんにはないのか?」
「あるさー」
そう言うと、男は山道のあちこちを指さした。私には、何を指さしているのか、さっぱりわからなかった。色づいた紅葉が生えているだけのように見えた。
「よく判らんが、じゃあ、そこらへんのものでいいではないか」
男は首を横にふった。
「山のぬさは、とおんくりだで、駄目だ」
「なんだって?」
「山のぬさは、と お ん く り だ で 、 駄 目 だ」
そう言って、村に帰ると大暴れする男を落ち着かせ、私は壱円札を握らせた。男は、私の顔をじっと睨んでから、壱円札を大事そうにふところに仕舞うと、荷物を背負い、何事もなかったように歩き出した。
「おい、ぬさはいいのか」
「まにまににしてまうで、ええわー」
「は? 何だって? 何だそれは」
男は振り返って言った。
「そら、とおんくりだでよー」



「このたびは ぬさも取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに 」
今回、ぬさも用意してないけど、紅葉が奇麗だから許してください、あー神様。とかそんな感じ。

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百人一首物語その23 『大江千里』

2010年6月29日
薄く靄がかかったビルの谷間から、大きく、赤い月がのぼる。
その大きさと、禍々しいまでの赤さに、つい魅入ってしまう。そのうち、胸の裡から様々な思いが沸き上がり、普段なら他愛もないと一蹴するような考えに囚われていく。
それは、赤い月の持つ魔力が誘い出すものか、裡から沁み出てくる遥か過去の記憶か。
今が、既に過ぎ去った夏ならば、このように月の赤さに囚われる事もなかったろう。粘り着く空気、アスファルトから立ちのぼる熱、じりじりと鳴き続ける螻蛄(けら)。しかし、そんな鬱陶しさも、秋の風が遠き過去にと吹き流してしまった。
今は、その、涼しげな風に身を委ねながら、ビルの合間を這い上がるように、みるみるのぼっていく赤い月を見ていた。
「まるで、あの月が、僕の為に秋を運んで来たようじゃないか」
僕は思わず、そう呟いた。
「月もエエけど、月々の支払いの方が大事やわ。どないすンねんな。横山さんトコの支払い。な、社長ぉ?」
と、経理の吉田さんが冷たく言った。
やれやれ。中小企業の台所事情は、秋の物悲しさなど関係なく、いつも冬景色だ。
「月見れば  千々に物こそ  悲しけれ  わが身ひとつの  秋にはあらねど」
月見てたら、なんやら悲しゅうなってもうて、アカンなぁ。ワテ1人の秋、ちゃうんに。

百人一首物語 その22 『あらし』

2010年6月28日
山頂から赤くなってゆく木々の色と一緒に、冷たさを含みはじめた風が、山から下りてくる。
秋の風が、収穫の済んだ田を駆け抜けると、村は一気に秋の気配が漂いはじめる。
畔では秋の虫が盛大に鳴き、どこからも、賑やかな声が響いてくる。お互いに助け合いながら、村中の収穫を終えた今、人々の声には、疲労が見え隠れしながらも、どこか一年の苦労を労う喜びが隠されている。どこか、浮かれる気分を抱えたまま、村人達は、村の周りに深い穴を掘りはじめる。穴の底に、他家を斜めに切った槍を埋め、上から井桁に組んだ蓋を被せてゆく。間違って村人が落ちてしまわないよう、真ん中に小さな赤い布きれを結びつけておく。一年かけて溜め込んだ真っすぐな枝をの先を削り、矢羽根を着けて、槍へと仕上げて行くのは女の役目だ。村のそこいら中で労働歌と共に、号令と共に、気合いの声が上がる。体力はある。体が慣れぬ動きに戸惑っているだけなのだ。子どもが犬を追いかけながら、村の中を走り回り、伝令を伝えてまわる。屋根屋根には、順番に梯を立て、石を沢山上げていく。
いよいよ時が近付いてくると、家々の戸板や床板を剥がし、村を取り囲むように立てた竹に立て掛けて、即席の防壁を組み築いていく。
今年は本物の弓矢や槍、少しばかりの防具も用意した。鍬や鋤も研ぎを入れた。それに、もうすぐ、都に武術の道場で修練を積んできた庄屋の三男の弥太郎も帰ってくる。
村は異常なまでの高揚を隠せない。同じくらいのある不安を、なんとか押し隠すように。
もう少しで、あの山の上から、山賊がコメを狙いに下りてくる。
今年こそは、嵐に全てを飛ばされ、全てを奪われ、全てを失うような事があってはならない。
村人の思いは同じだ。

「吹くからに  秋の草木の  しをるれば  むべ山風を  あらしといふらむ」
山から秋風が吹くと、草木が枯れちゃうから、山の風を嵐って言うんだよー。って、漢字を使ったギャグ?

百人一首物語 その21 『有明の月』

2010年6月27日
空を覆っていた雲が次第に風に流され西へ消えていくと、月の明かりが教室にさしこんできて、じっとしているぐらいなら充分な明るさになる。
教室の電灯をつける訳にもいかず、眼も暗闇に慣れていなかったので、懐中電灯くらいつけたかったけど、今はもう全然要らない。充分な明るさだ。
夜の学校に忍び込むに当たって、心配だったのはこの明かりだ。懐中電灯は、極力使わない事にしていた。宿直の先生や用務員なんか今どきの学校にいないけど、警備会社の人が夜の間に2回ほど見回りにくるらしいから怪しい明かりが動いている所を近所の人にでも見られると厄介だ。
このまま穏便に、何事もなく、朝を迎えたいのだ。
もし、同じクラスの女子と、教室で一緒にいた事がバレたりなんてしたら、良くて停学1週間、下手すりゃ退学だ。
勿論、神戸友紀とは、そんないかがわしい関係なんかじゃない。校舎に忍び込んでからというもの、指にすら触れてない。僕らは、ただ、並んで、この2−3の教室の床に座って、待っているだけなんだ。
幽霊を。
なんで、そんな事になったって?
俺は、休み時間に聞きかじった怪談をしただけだ。
「ちょうど7年前の今晩、この教室で首を吊ったヤツがいて、幽霊が出るらしいぜ」よくある怪談、うわさ話だ。そしたら、いきなり後ろにいた神戸に首根っこ掴まれて、廊下に連れてかれたんだ。
「ねぇ、それ、見てみたくなーい?」
で、こうして、2人でここにいる。警備員の事とか進入経路とかは全部、神戸が調べ上げてきた。俺は、校庭に入る時と、図書室の窓からはいる時の2回、踏み台になっただけだ。
教室についてからは、こうしてずっと、神戸の横ですわっているだけだ。
「ちょっとさむいね」とか「はらへった?」とか「月明るいね」とか、「幽霊、出るかな?」とか、そんな独り言みたいな言葉に相槌を打つくらい。
神戸は、ショートカットが似合っててなかなか可愛かったけど、ずっと黙って考え事でもしているようで、会話の糸口も見つからず、俺は黙って座っていた。時折、横を見て、神戸の長いまつげの上を、月明かりが転がる様なんかを盗み見るように見ていた。
次第に空が明るくなってきた。
窓際に立って、空を見ると、青紫の空に、まだ月が残っていて、所在気なく浮かんでいた。
気が付くと、神戸が横に立っていた。
「つき合ってくれて、ありがとね」
「あー、別にいいよ。暇だったし」
「……あのね、私には7つ上の姉がいたの……でも、お姉ちゃん自殺しちゃったの。それからお姉ちゃんは年を取らない。だから、今は同い年ね」
「お前……それって」
「気にしないで。私も、よく覚えてないしさ。でも、なんとなく、なんとなくなんだけどね。今日は、お姉ちゃんを1人にしたくなかったの……って変かな」
「ま、そんなもんじゃね?」
何を言っていいか判らず、俺は適当にそんな事を言った。
「ありがと。近藤が一緒に来てくれて良かった」
そう言うと、神戸は、窓際から離れて行った。俺はしばらく、そのまま窓から月を見ていた。
神戸の声は、少し震えていた。
外は大分明るくなっていた。
月はまだ、空に浮いている。

「今来むと  いひしばかりに  長月の  有明の月を  待ち出でつるかな」
来るって言うから待ってたのに、9月(長月)終わって、夜明けの(有明の)月が出てきたし。どういう事? みたいな。

百人一首物語 その20 『みをつくし』

2010年6月26日
私は、真っ白で、限りなく広い部屋で目が覚めた。それは、世界がまるで色彩を忘れてしまったかのような場所だった。私はそこで目を覚まし、そして起き上がった。
私は、行くあてもなく、歩いてみた。
それでも、やはり世界は真っ白で、真っすぐ歩いているのかさえ、更に言えば上下の区別さえ、今では曖昧になっていた。
私は、死んだのだ。
ここは天国だ。
私は思った。
呪術師に、私はお金を払い、願いを伝えた。
この身を滅ぼしてもいいから、彼に会いたい……と。
そうして、私は死んだ。彼に会う事なく。
せめて、一目会いたかった……そう思った瞬間、世界は急に色彩を帯びはじめた。私の立っている場所から色が噴出するように立ち上がり、周囲を様々な色に染め抜いた。色色の狭間から光がはみ出し、上で塊り空を作り出した。世界が急に立ち上がった。
私は、新宿の伊勢丹の前にいた。私を気にせず、人々は行き交い、すり抜けて行った。
私は、周囲を見渡した。私がここに来る理由がない。あるとすれば、場所ではなく、この、行き交う人だ。
きっと……きっと、ここに彼が来るのだ。
私は、本能で悟った。
私は彼の姿を探した。人込みの中、彼の姿を見た瞬間、ガコン!と音がして、世界は色を失った。私は、白い部屋へと連れ戻されていた。
目の前に、タワーの展望台にあるようなコイン式の双眼鏡が設置されていた。コインの投入口には「転生権1回5分」と書かれていた。
気が付くと、手には、5枚のコインが握りしめられていた。
私は、その一枚を使った。

「わびぬれば  今はた同じ  難波なる  みをつくしても  逢はむとぞ思ふ」
なんか、死んでもいいから、身を尽くしてもいいから、会いたいなーって意味。

百人一首物語 その19 「逢わでこの世を」

2010年6月25日
「おい、スティーブン。お前は何故反対なんだ?」
船長に理由を聞かれたので、俺は、ここで反転し地球へと帰還する事はリスクが高いからーーと答えた。
船長は、この変更は計画の範囲内であり、リスクは無視出来るほどに小さい事を、皆にあらためて伝え、そして言った。
「スティーブン。お前は地球に残してきた妻がいるだろう。今、転進すれば、1865日は帰還が早くなる。お前は賛成すると思ったのだが……」
そんな船長の言葉に、他の乗組員も、遠慮するなーーと声をかけてくれた。
でも、遠慮じゃなく、この外宇宙探索船の乗組員として、合理的な判断をしているだけだと伝えた。
「わかった。スティーブンの意思は尊重されるべきだ」
船長は言うと、次にゴトウを指名した。
ゴトウが意見を述べ始めた。
俺は、このまま、旅が続く事を心から祈った。
俺は、怖いのだ。
20年地球に帰ってこない事を条件に、俺は妻と結婚した。俺は莫大な報酬をそっくり妻に渡し、一つだけ条件をつけた。
20年後にも、妻でいてくれる事……。
五年も早く帰ったら、果たして、俺は歓迎されるのだろうか。20年後だけでなく、その時も、俺の妻なのだろうか。
「難波潟 短き蘆のふしの間も 逢はでこの世を 過ぐしてよとや」
大阪湾に生えてる葦の節くらい、短い時間でも逢えないとか、あんた何やってんのよ! とかそんな感じ。


百人一首物語 その18『夢の通い路』

2010年6月24日
「では、あなたはずーっと寝ていなければなりませんが、よろしいでしょうか?」
呪術師はそう言った。
女は、露骨に怪訝な顔をしたが、呪術師は意にも介せず一向に説明しようとはしなかった。女はたまらず訊いた。
「どういう事ですか?私は、夢でもいいから、あの人に逢いたいと言ったのです、どうしてずっと寝ていいないと行けないんですか?」
呪術師は言った。
「やれやれ。いいですか? あなたは、その人に直接逢う事も、あらゆる連絡を取る手段も禁じられている。これは裁判所の命令で、絶対だ。あなたはせめて夢の中だけでもいいから、あの人に逢いたいと言う。だから、私はその夢を叶えてあげようと言うのです」
「何故、私はずーっと寝ていなければならないのですか」
「馬鹿だな」呪術師は、あきれ果てた表情で言った。「その人がいつ寝るか判らないんだから、あなたは常に寝てるより仕方ないでしょう」
なるほど、と女は納得して、呪術師に大金を払った。
呪術師は、くれぐれも家に帰ってから飲むように、と告げてから、青酸カリを女に渡した。
※その18『住の江の岸に寄る波ゆるさへや 夢の通い路人目よくらむ』
打ち寄せる波みたいにいつでも逢いたいけど、人目をはばかって夢の中でもあってくれないなんて・・・とかそういう意味。嫌われてるだけだよね。

百人一首物語 その17 『ちはやふる』

2010年6月23日
「ちょっと、ご隠居、ご隠居ってば」
「なんだい? 朝から五月蝿いねぇ」
「ちょっと、何でも知ってるご隠居に聞きたい事があって、伺ったってワケでさ」
「何でも知ってるって、私ゃ、知ってる事しか知らないよ」
「それで充分でさ。実はこれなんですがね?」
「なんだい? これは」
「へぇ。紙でさ」
「紙は判ってるよ。これがどうしたんだい? と聞いている」
「ちょっと、そこに書いてあるミミズみてぇなの見ていただけますかい? そのミミズの意味が知りてぇんです」
「ミミズじゃないよ、これは字だよ。はぁはぁ、これだな。えー、これは短歌だな」
「いくらぐらいですかい?」
「そっちの単価じゃないよ。短歌。57577で詠まれた短い唄のコトだよ」
「なるほど、ありがとうございます!」
「おいおい、ちょっと待ちなよ。途中で奪い取って行くヤツがあるかい。私はまだちゃんと見てないんだから」
「へ? でも、短い唄だと……」
「どうにも気が短いね。ここに書いてあるものの形式を言ったまでさね。この唄の意味を知りたいんだね?」
「へぇ。なんでも百人組手とかいうものらしくて、1つぐらいしらねぇと、バカにされるっていうもんですからね? ちょっとここは1つ、ご隠居をおだてれば、簡単に教えてもらえるだろうって…」
「そういう事を本人の前で言うもんじゃないよ。えぇえぇ。そんな青い顔しなくても、教えてあげますよ。それに百人組手じゃなくて百人一首ですよ。確かに一首ぐらい知らないと恥ずかしいかも知れませんね。ちょっと待ちなさいよ。
『ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれないに水くくるとわ』
……か」
「どうです? わかりますかい?」
「あ? あー……そりゃ判るよ」
「じゃあ、教えていただいてもよろしいでしょうかね?」
「ああ、いいよ。……いいけど、こりゃお前には難しすぎやしないかい? 別のものにした方が」
「いやいや、これがいいんで。コイツでお願いしますよ。他のにしたら、またこのわからず屋に最初から説明しなくちゃいけねぇ」
「そんな言い草がありますか。わかったわかった。教えてやろう。えーこれはだな」
「何でしょう?」
「昔の事じゃがな、千早と言う有名な人形師がおった」
「人形師ですかい?」
「そうだ、実に高名な人形師で、弟子もいっぱいおったそうな。だが、その千早も年を取って、手先も衰え、新作を作れんようになってきた。しかし、そんな千早の元へ、将軍様から人形作成の依頼が来てしまったのじゃ。将軍様の依頼じゃ。どうしても断れぬ。断れば、打ち首にされてしまうかも知れん。だが、満足のいかぬ物を出す訳にもいかん。千早は、死を覚悟で断るつもりじゃった。
しかし、師匠を死なせなくない一心で、竜田川という弟子が、師匠の作品だと嘘をついて、将軍様に自分の作った人形を渡してしまった。使いの者はそうともしらず、代金を渡そうとする。竜田川はこれを断ったんじゃ」
「あのー、ご隠居。その話のどこが、その短歌とやらに……」
「よく聞かんか。師匠の千早のフリをしたんだろうが。だから『千早ぶる』。で、素晴らしいネ申感な仕事に対する代金の申し出を、弟子の竜田川は、聞かなかった。だから、『神代も聞かず竜田川』だ」
「はー、なるほど。上手い事出来てますな。で? 続きはどうなります?」
「あわてるな。えー。それでじゃな、竜田川は破門になった」
「はぁはぁ、震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒート! ですな?」
「そりゃ波紋じゃ。竜田川は、弟子をやめさせられたんじゃ」
「何故ですかい?」
「そりゃ、自分の作品を師匠の物だと騙るのはよくないじゃろう。竜田川も、その処分を甘んじて受け止め、都の隅に小さな人形工房を開いた。だが、この竜田川、実は驚くほどの天才でな。あっという間に都いちの人気人形師となったんじゃ。しかし、好事魔多しとはよく言ったもの。作品の特徴から、将軍様に献上された千早の作品は、実は竜田川に無理矢理作らせた作品じゃないか? と噂になってしまった。これでは、献上された将軍様の面子に関わってくる。千早と竜田川は、将軍様の前に呼ばれたんじゃ。人形に詳しいと言うご家老様が、献上した人形を、千早に見せ、言ったのだ。『見るにこの人形には、ひとつ、カラクリが仕込んでござる。作者なら知ってござろう?』千早は『わかりませぬ』と言った。ご家老さまは、やはり将軍様を騙したのかと、腰の刀を抜いた」
「えー、その話、本当に短歌の内容なんですか?」
「話の腰を折るな。黙っていれば判る。ここで、弟子の竜田川が堪らず言ったんじゃ。『訳がございます。どうか、盥に水を汲んできて下さい』あまりに必死な言いように、家老は言う通りに水を用意させた。竜田川は、なみなみと水を張った盥の横に、人形を置いた。そして、人形の着物の裾をピンと2回引いた。すると、不思議や不思議、人形は、ポーンとトンボをきったかと思うと、盥の水の中にドボンと嵌まってしまった。あっと驚いた将軍様とご家老様に、竜田川は言った。『もし、将軍様にご無礼があった時の為に、自ら入水するような仕掛けが施してありました。しかし、千早にとって人形は我が子同然、何の咎もない人形を殺すのは忍びなく……』そう泣き崩れた竜田川を見て、将軍様は大層感激し、師弟に褒美をたんまりと取らせたと言う事じゃ」
「いい話ですなぁ。で? それがこの百人一首と、関係がありますか?」
「聞いておったのか? いいか、師匠の千早はカラクリが判らんかったじゃろう? だから『からくれない』。最後、人形は入水したじゃろう? だから『水くぐる』。わかったか?」
「にゃるほど。はぁー。こんな短い唄の中にもドラマがあるんですなぁー」
「そうじゃろう、そうじゃろう。ふぅ。わかったんなら、とっとと帰った帰った」
「ところで、ご隠居、『千早ぶる神代も聞かぬ竜田川 からくれないに水くくる』までは判るんですが……最後の『とわ』ってなぁ、何です?」
「は?」
「いや、ですから、最後の『とわ』ですよ。こりゃ何です?」
「『とわ』は……『とわ』は……。『とわ』は、その人形の名前じゃ!」
お後がよろしいようで。
デンデン!チャカチャンリンチャンリン……

百物語その16 『まつとし聞かば』

2010年6月22日
最新ツイート:帰宅ったー。今日は残業無し、うれしーw 50分前
残業を追え、家に戻り、ツイッターに書き込みをしようとした時、「いまなにしてる?」の下に、そんな事が書いてあるのに気が付いた。
覚えのないツイートだった。
私は、TLを遡った。確かに、50分前にそのツイートがあった。私のツイートだった。
50分前といえば、私はまだ仕事場に居た。会社はツイッター禁止だし、なによりそんな書き込みした覚えがない。
私は気味が悪くなって、パソコンを閉じた。
どうせ、普段から「帰宅ったー」「おやすみなさい」そんなpostしかしていない。私が元気な事さえ伝われば、それでいいのだから。
私の呟きは7人のフォロワーの中の、たった1人に向けられている。
私は元気で待っているんだよーって、伝わればそれでいい。遠い国にいる彼に。
私が、泣き言を呟いた時には、彼が約束通り、すぐに帰ってきてくれる事を夢見て。
次の日。
私は家に戻ると、パソコンを広げた。「いまどうしてる?」の下に書き込んだ。
「帰宅ったー。今日は残業無し、うれしーw」
書いてから、私はハッとなった。
TLを遡った。昨日と全く同じツイート、そして同じ時間だった。そして、それから30分後に、私が書いていない、私のツイートがTLに紛れ込んだ。
「帰宅ったー。今日はいつもとおなじくらい」
次の日。
定時に帰ってきた私は、ツイッターに書き込んだ。
「帰宅ったー。今日はいつもとおなじくらい」
その3分後。覚えの無い私のツイートが、TLに紛れ込んだ。
それから、私は、プライベートな出来事を書き込むようになった。謎のツイートも、同じように、個人的なその日の出来事が呟かれるようになった。
アイコンを一日おきに替えたりもした。
そうして、数日後、私は確信していた。
謎の呟きは、一日未来から来ていた。
そうとしか考えられなかった。明日に起こる事は、ツイートを見ればわかった。未来のツイートは正確だった。ある日、前触れもなく未来のツイートは東証株価平均を呟いたこともあった。その数値は、翌日のものだった。私は、その新聞の数値をそのままツイートした。
そんな事もあって、しばらく面白がっていた私も、次第に気持ちが悪くなってきていた。私の行動が、未来からのツイートに支配されている気がした。
以前のように、「帰宅ったー」「おやすみなさい」しかツイートしないようになった。
ある日、会社から帰ってきて、パソコンを見て驚いた。
未来の私が、数ツイートに渡って、泣き言を書き込んでいた。あなたがいなくてどんなにか寂しいか、どんなにか辛いのか、どんなにか悲しいのか、そして、あなたの事をどんなに心配している事か……
それを見て、私は言いようの無い不安に襲われた。
明日の私に、一体何が起こるのだろう。今日の私は、泣き言を呟いても、あなたが帰ってこないかもしれないという恐怖で、胸がいっぱいなのに……
次の日。
結局、変わった事は何も起こらなかった。拍子抜けして帰宅して、パソコンを立ち上げた。
見慣れた「いまなにしてる?」の下に、こう書いてあった。
最新ツイート:帰宅ったー。まさか、帰ってきてくれるなんて。ごめんね。でも、うれしーw 20分前
私は、それを見て、涙が出た。そして、その時の思いを叩きつけるようにツイートした。文面は、未来からのツイートと全く同じになった。
次の日。
彼は帰ってこなかった。

百物語その15 『春の野』

2010年6月21日
僕は、野原で草を摘んでいた。
その草がいっぱいあれば、ニーカウのお母さんが、おいしいサラグアを焼いてくれると信じていた。
畑の畝を、戦車が踏みつぶして行く。
戦車は、水牛が大きな角を誇らしげにする時みたいに、その砲塔を高く掲げ、ゆっくり前へ進んだ。戦車が、間をあけて、街へ向かっているところは、羊の群れを狙う狼たちのようだった。灰色のコートを着た兵隊が、黒い銃を抱え、戦車の周りを、子牛みたいに歩いていた。
戦車は、昨日の夜、西からやってきた。
西には行っちゃイケないって、言われている。
2日前、西の山が明るく輝いた。それは一瞬だったけど、大人たちが、みんな表に出て、その山を見ていた。
僕も、山の向こうが大変だって事は、大人の表情からわかった。
戦車のエンジン音が、低く垂れ下がった雲に吸い込まれて行く。
僕は、野原で草を摘んでいる。その腕に白いものが降ってきた。雪だと、そ野時は思った。