百物語その8『うぢ山』

白野の家は、こんな所までウチの学区なんだーと、感心するような所にあった。そこは、世の中から打ち棄てられたような、五階建ての公営団地だった。街中の明かりを反射して、仄明るい空をバックに、黒く聳え立っていた。まだ夜の八時半くらいだというのに、建物は妙に静かで、明かりの灯っている部屋は、2つくらいしかなかった。
白野は、僕に振り返りもせず、建物の階段へと向かって行く。誘蛾灯が虫を灼き殺すような音と共に、階段の蛍光灯が忙しなく点滅する。階段下の集合ポストは全てガムテームで封じられていた。
「なにしてるの? 早く行くわよ」
「あぁ、ごめん。白野……」
「あのねぇ」白野は階段の踊り場から、僕を見下ろして言った。「白野って名字、私、好きじゃないんだけど」
「じゃあ、何て呼べばいいのさ。えーと、スカイ……か?」
「スカイはアッチの名前。今は持ってないでしょ?」
確かに、白野は鞄しか持っていなかった。白野が、通行人を殴り飛ばして消した、白い羽根の生えたあの魔法の杖は、鞄の中に入っている。つまり、白野の中では、あの凶器を持っているか持っていないかが、魔法使いかそうでないかの判断基準という事らしい。
勿論、白野の中では……ということだが。
「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」
「バカね。下の名前で呼べってんの」
「なんで、白野の事、下の名前で呼ばなきゃいけなんだよ」
「名字が嫌いなんだから、仕方ないでしょ」
「いいじゃないか、自分ン家の名前だろ?」
バツンと音がして、階段の蛍光灯が切れて、真っ暗になった。だから、表情は見えなかったけど、空気が張りつめている事から、白野は僕を睨みつけているようだった。
また弾けるような音がして、蛍光灯が赤みを帯びた光で階段を照らした時、白野は、再び階段を登りはじめてた。
「おい、白野ぉ」
僕の鼻先を、鞄が猛スピードで通り過ぎた。手摺りから乗り出すようにして、白野が僕に向かって鞄を振り下ろしていた。
「ま ひ る」
「わかった。まひるだな。まひると呼べばいいんだな?」
「さんを付けろよ」
「へいへい、まひるさん」
白野……いや……まひるは、苦虫を噛みつぶしたような顔をしてから「やっぱ、いい」と小さい声で言った。
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