百物語その9 『花の色は』

「あたしはねえ、」
はじまった。
チマ先輩と飲むと、最後は必ずこの話になる。僕は、マスターにマッカランのストレートと、チェイサー二杯を注文する。
話の腰を折られた事に、チマ先輩は口を尖らせるが、先を促すと、大きく頷いて続きを話し始める。
「別に焦ってるとか、そーいうわけじゃ無いの。だいたい、あたし、年上のおじさまが好きな訳だし」
僕は黙って、アメリカンスピリッツを取り出し、チマ先輩に差し出す。チマ先輩は手刀を切り、口に咥える。カウンターに滑らせた百円ライターを、器用に受け取り、自分で火を付ける。チマ先輩は、たとえ後輩であろうと火を着けさせなかった。着けようとすると、水商売じゃねーの!!と、頭をはたくのだ。
チマ先輩が火を着けている隙に、チマ先輩のジントニックとチェイサーで頼んだ水をすり替える。
「いい?女の命は短いのよ? 有名な歌もあるでしょ?  花の色はーーなんだっけ?」
チマ先輩は気付いた風もない。
「うつりにけりなーーですね」
「そー、それそれ。女ざかりはすぎちゃった結婚しときゃよかったーって歌。あれ、小野小町が詠んだの、何歳か、知ってる?」
「しりません」
「29歳よ? 29歳。悲しいじゃない? 花の命はそんなに短いのよ?」
ちなみに、3年前に聞いた時には26歳の時に詠んだ唄だと言っていた。
「そーなんですか」
「そーなんですかじゃないわよ。もう。ねぇ、小野小町ほどの美人でもこう思うって訳よ。わかるわー。ね?」
僕は黙って頷く。次の台詞はこうだ。
「だからさ、君、私と結婚しな」
いつもどおり。まさにいつもの通りだ。僕は、いつもと同じように快諾する。僕の返事を聞いて、チマ先輩はすり替えられたチェイサーを一気飲みしてから、カウンターに伏せて眠りはじめる。
これから、僕は勘定を払って、チマ先輩を、ウチまで送り届ける。
面倒だけど、悪くない。
それに。
こう見えても、チマ先輩は、僕にしか、この話はしないんだから。
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