百人一首物語 その17 『ちはやふる』

「ちょっと、ご隠居、ご隠居ってば」
「なんだい? 朝から五月蝿いねぇ」
「ちょっと、何でも知ってるご隠居に聞きたい事があって、伺ったってワケでさ」
「何でも知ってるって、私ゃ、知ってる事しか知らないよ」
「それで充分でさ。実はこれなんですがね?」
「なんだい? これは」
「へぇ。紙でさ」
「紙は判ってるよ。これがどうしたんだい? と聞いている」
「ちょっと、そこに書いてあるミミズみてぇなの見ていただけますかい? そのミミズの意味が知りてぇんです」
「ミミズじゃないよ、これは字だよ。はぁはぁ、これだな。えー、これは短歌だな」
「いくらぐらいですかい?」
「そっちの単価じゃないよ。短歌。57577で詠まれた短い唄のコトだよ」
「なるほど、ありがとうございます!」
「おいおい、ちょっと待ちなよ。途中で奪い取って行くヤツがあるかい。私はまだちゃんと見てないんだから」
「へ? でも、短い唄だと……」
「どうにも気が短いね。ここに書いてあるものの形式を言ったまでさね。この唄の意味を知りたいんだね?」
「へぇ。なんでも百人組手とかいうものらしくて、1つぐらいしらねぇと、バカにされるっていうもんですからね? ちょっとここは1つ、ご隠居をおだてれば、簡単に教えてもらえるだろうって…」
「そういう事を本人の前で言うもんじゃないよ。えぇえぇ。そんな青い顔しなくても、教えてあげますよ。それに百人組手じゃなくて百人一首ですよ。確かに一首ぐらい知らないと恥ずかしいかも知れませんね。ちょっと待ちなさいよ。
『ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれないに水くくるとわ』
……か」
「どうです? わかりますかい?」
「あ? あー……そりゃ判るよ」
「じゃあ、教えていただいてもよろしいでしょうかね?」
「ああ、いいよ。……いいけど、こりゃお前には難しすぎやしないかい? 別のものにした方が」
「いやいや、これがいいんで。コイツでお願いしますよ。他のにしたら、またこのわからず屋に最初から説明しなくちゃいけねぇ」
「そんな言い草がありますか。わかったわかった。教えてやろう。えーこれはだな」
「何でしょう?」
「昔の事じゃがな、千早と言う有名な人形師がおった」
「人形師ですかい?」
「そうだ、実に高名な人形師で、弟子もいっぱいおったそうな。だが、その千早も年を取って、手先も衰え、新作を作れんようになってきた。しかし、そんな千早の元へ、将軍様から人形作成の依頼が来てしまったのじゃ。将軍様の依頼じゃ。どうしても断れぬ。断れば、打ち首にされてしまうかも知れん。だが、満足のいかぬ物を出す訳にもいかん。千早は、死を覚悟で断るつもりじゃった。
しかし、師匠を死なせなくない一心で、竜田川という弟子が、師匠の作品だと嘘をついて、将軍様に自分の作った人形を渡してしまった。使いの者はそうともしらず、代金を渡そうとする。竜田川はこれを断ったんじゃ」
「あのー、ご隠居。その話のどこが、その短歌とやらに……」
「よく聞かんか。師匠の千早のフリをしたんだろうが。だから『千早ぶる』。で、素晴らしいネ申感な仕事に対する代金の申し出を、弟子の竜田川は、聞かなかった。だから、『神代も聞かず竜田川』だ」
「はー、なるほど。上手い事出来てますな。で? 続きはどうなります?」
「あわてるな。えー。それでじゃな、竜田川は破門になった」
「はぁはぁ、震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒート! ですな?」
「そりゃ波紋じゃ。竜田川は、弟子をやめさせられたんじゃ」
「何故ですかい?」
「そりゃ、自分の作品を師匠の物だと騙るのはよくないじゃろう。竜田川も、その処分を甘んじて受け止め、都の隅に小さな人形工房を開いた。だが、この竜田川、実は驚くほどの天才でな。あっという間に都いちの人気人形師となったんじゃ。しかし、好事魔多しとはよく言ったもの。作品の特徴から、将軍様に献上された千早の作品は、実は竜田川に無理矢理作らせた作品じゃないか? と噂になってしまった。これでは、献上された将軍様の面子に関わってくる。千早と竜田川は、将軍様の前に呼ばれたんじゃ。人形に詳しいと言うご家老様が、献上した人形を、千早に見せ、言ったのだ。『見るにこの人形には、ひとつ、カラクリが仕込んでござる。作者なら知ってござろう?』千早は『わかりませぬ』と言った。ご家老さまは、やはり将軍様を騙したのかと、腰の刀を抜いた」
「えー、その話、本当に短歌の内容なんですか?」
「話の腰を折るな。黙っていれば判る。ここで、弟子の竜田川が堪らず言ったんじゃ。『訳がございます。どうか、盥に水を汲んできて下さい』あまりに必死な言いように、家老は言う通りに水を用意させた。竜田川は、なみなみと水を張った盥の横に、人形を置いた。そして、人形の着物の裾をピンと2回引いた。すると、不思議や不思議、人形は、ポーンとトンボをきったかと思うと、盥の水の中にドボンと嵌まってしまった。あっと驚いた将軍様とご家老様に、竜田川は言った。『もし、将軍様にご無礼があった時の為に、自ら入水するような仕掛けが施してありました。しかし、千早にとって人形は我が子同然、何の咎もない人形を殺すのは忍びなく……』そう泣き崩れた竜田川を見て、将軍様は大層感激し、師弟に褒美をたんまりと取らせたと言う事じゃ」
「いい話ですなぁ。で? それがこの百人一首と、関係がありますか?」
「聞いておったのか? いいか、師匠の千早はカラクリが判らんかったじゃろう? だから『からくれない』。最後、人形は入水したじゃろう? だから『水くぐる』。わかったか?」
「にゃるほど。はぁー。こんな短い唄の中にもドラマがあるんですなぁー」
「そうじゃろう、そうじゃろう。ふぅ。わかったんなら、とっとと帰った帰った」
「ところで、ご隠居、『千早ぶる神代も聞かぬ竜田川 からくれないに水くくる』までは判るんですが……最後の『とわ』ってなぁ、何です?」
「は?」
「いや、ですから、最後の『とわ』ですよ。こりゃ何です?」
「『とわ』は……『とわ』は……。『とわ』は、その人形の名前じゃ!」
お後がよろしいようで。
デンデン!チャカチャンリンチャンリン……
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