百人一首物語 その21 『有明の月』

空を覆っていた雲が次第に風に流され西へ消えていくと、月の明かりが教室にさしこんできて、じっとしているぐらいなら充分な明るさになる。
教室の電灯をつける訳にもいかず、眼も暗闇に慣れていなかったので、懐中電灯くらいつけたかったけど、今はもう全然要らない。充分な明るさだ。
夜の学校に忍び込むに当たって、心配だったのはこの明かりだ。懐中電灯は、極力使わない事にしていた。宿直の先生や用務員なんか今どきの学校にいないけど、警備会社の人が夜の間に2回ほど見回りにくるらしいから怪しい明かりが動いている所を近所の人にでも見られると厄介だ。
このまま穏便に、何事もなく、朝を迎えたいのだ。
もし、同じクラスの女子と、教室で一緒にいた事がバレたりなんてしたら、良くて停学1週間、下手すりゃ退学だ。
勿論、神戸友紀とは、そんないかがわしい関係なんかじゃない。校舎に忍び込んでからというもの、指にすら触れてない。僕らは、ただ、並んで、この2−3の教室の床に座って、待っているだけなんだ。
幽霊を。
なんで、そんな事になったって?
俺は、休み時間に聞きかじった怪談をしただけだ。
「ちょうど7年前の今晩、この教室で首を吊ったヤツがいて、幽霊が出るらしいぜ」よくある怪談、うわさ話だ。そしたら、いきなり後ろにいた神戸に首根っこ掴まれて、廊下に連れてかれたんだ。
「ねぇ、それ、見てみたくなーい?」
で、こうして、2人でここにいる。警備員の事とか進入経路とかは全部、神戸が調べ上げてきた。俺は、校庭に入る時と、図書室の窓からはいる時の2回、踏み台になっただけだ。
教室についてからは、こうしてずっと、神戸の横ですわっているだけだ。
「ちょっとさむいね」とか「はらへった?」とか「月明るいね」とか、「幽霊、出るかな?」とか、そんな独り言みたいな言葉に相槌を打つくらい。
神戸は、ショートカットが似合っててなかなか可愛かったけど、ずっと黙って考え事でもしているようで、会話の糸口も見つからず、俺は黙って座っていた。時折、横を見て、神戸の長いまつげの上を、月明かりが転がる様なんかを盗み見るように見ていた。
次第に空が明るくなってきた。
窓際に立って、空を見ると、青紫の空に、まだ月が残っていて、所在気なく浮かんでいた。
気が付くと、神戸が横に立っていた。
「つき合ってくれて、ありがとね」
「あー、別にいいよ。暇だったし」
「……あのね、私には7つ上の姉がいたの……でも、お姉ちゃん自殺しちゃったの。それからお姉ちゃんは年を取らない。だから、今は同い年ね」
「お前……それって」
「気にしないで。私も、よく覚えてないしさ。でも、なんとなく、なんとなくなんだけどね。今日は、お姉ちゃんを1人にしたくなかったの……って変かな」
「ま、そんなもんじゃね?」
何を言っていいか判らず、俺は適当にそんな事を言った。
「ありがと。近藤が一緒に来てくれて良かった」
そう言うと、神戸は、窓際から離れて行った。俺はしばらく、そのまま窓から月を見ていた。
神戸の声は、少し震えていた。
外は大分明るくなっていた。
月はまだ、空に浮いている。

「今来むと  いひしばかりに  長月の  有明の月を  待ち出でつるかな」
来るって言うから待ってたのに、9月(長月)終わって、夜明けの(有明の)月が出てきたし。どういう事? みたいな。
広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。