百人一首物語その23 『大江千里』

薄く靄がかかったビルの谷間から、大きく、赤い月がのぼる。
その大きさと、禍々しいまでの赤さに、つい魅入ってしまう。そのうち、胸の裡から様々な思いが沸き上がり、普段なら他愛もないと一蹴するような考えに囚われていく。
それは、赤い月の持つ魔力が誘い出すものか、裡から沁み出てくる遥か過去の記憶か。
今が、既に過ぎ去った夏ならば、このように月の赤さに囚われる事もなかったろう。粘り着く空気、アスファルトから立ちのぼる熱、じりじりと鳴き続ける螻蛄(けら)。しかし、そんな鬱陶しさも、秋の風が遠き過去にと吹き流してしまった。
今は、その、涼しげな風に身を委ねながら、ビルの合間を這い上がるように、みるみるのぼっていく赤い月を見ていた。
「まるで、あの月が、僕の為に秋を運んで来たようじゃないか」
僕は思わず、そう呟いた。
「月もエエけど、月々の支払いの方が大事やわ。どないすンねんな。横山さんトコの支払い。な、社長ぉ?」
と、経理の吉田さんが冷たく言った。
やれやれ。中小企業の台所事情は、秋の物悲しさなど関係なく、いつも冬景色だ。
「月見れば  千々に物こそ  悲しけれ  わが身ひとつの  秋にはあらねど」
月見てたら、なんやら悲しゅうなってもうて、アカンなぁ。ワテ1人の秋、ちゃうんに。
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