百人一首物語 その24 『ぬさ』

「んで、旅の人ぉ、ぬさは?」
私は聞き返した。聞き違えたと思ったからだ。荷物持ち兼道案内に雇った地元の男は、振り返ると今度はゆっくり言った。
「ぬ さ は ?」
「ぬさ? 何だそれは」
「何だと言われても、ぬさはぬさだ。お前ぇ、手向山入ぇるのに、ぬさ忘れたと言うかや?」
「いや、忘れたも何も、そのぬさを知らぬ」
「あはー」
そう言ったきり、男はその場に座り込んでしまった。
「おい、どうした。おい、どうした」
肩を揺すると、男は立ち上がって言った。
「旅の人さ、悪ぃけど、ちょっくら帰らせてくんろ」
「おいちょっとまて」
私は男の手を取った。引き止めなければ、男は山道を駆け降りていったであろう。背中の荷物の重さに引かれて、男は転びそうになった。
「離してくんろ、後生だから」
「ここでお前に帰られては、私が困る。その、なんとかとはどうすれば手に入る?」
「なんとかで無ぇ。ぬさでさ。村さ戻れば、ありまさ」
「村にあるのか」
「へぇ。いくらでも、ありまさー」
「そんなにあるのか。じゃあ、このへんにはないのか?」
「あるさー」
そう言うと、男は山道のあちこちを指さした。私には、何を指さしているのか、さっぱりわからなかった。色づいた紅葉が生えているだけのように見えた。
「よく判らんが、じゃあ、そこらへんのものでいいではないか」
男は首を横にふった。
「山のぬさは、とおんくりだで、駄目だ」
「なんだって?」
「山のぬさは、と お ん く り だ で 、 駄 目 だ」
そう言って、村に帰ると大暴れする男を落ち着かせ、私は壱円札を握らせた。男は、私の顔をじっと睨んでから、壱円札を大事そうにふところに仕舞うと、荷物を背負い、何事もなかったように歩き出した。
「おい、ぬさはいいのか」
「まにまににしてまうで、ええわー」
「は? 何だって? 何だそれは」
男は振り返って言った。
「そら、とおんくりだでよー」



「このたびは ぬさも取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに 」
今回、ぬさも用意してないけど、紅葉が奇麗だから許してください、あー神様。とかそんな感じ。

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