百人一首物語 その27  『いづみ川』

「この川なんていう名前?」
川島に聞かれた時、ヤバイとは思ったけど、後でバレるのも馬鹿らしいので、正直に言った。
「いづみ川だ」
「そっか」
川島はそう呟くと、深いため息をついた。
「あいたいなー」
川島は、高くなった空を見上げていた。
川島は、会った事もない女に恋い焦がれている。そう言うとネットで知り合ったみたいな話のように思われるのだが、こいつの場合、そうではない。逆に、なかなか古風な話だ。
なんと、通学の電車の中で、彼女を知ったというのだ。
コイツの通学路に使っている路線の先には、有名な名門女子校がある。同じ路線で学校が2、3ある事自体が指して珍しい事じゃないが、だいたい車両単位くらいで、学校ごとに色分けされるものだ。ましてや性別が違うともなれば、なおさらだ。ところが、何事にも狭間というものはあり、そういうところには好奇心旺盛で元気な若者が集まるものだ。
コイツもそういう境界線上で、彼女の事を知った。
彼女は、友達の間で、常に話題の中心だった。彼女は、学業優秀で、それでいて気取った所が全然ない。体を動かすのが苦手で、球技がからきし駄目。ボールをしっかり受け止めた所を誰も見た事がない。何もない所でも転ぶし、天然だけど、媚びてる感じじゃなくて、ちょっとした事でも本気で怒ったりして。くせ毛のカワイイ、ちょっと小さな女の子。それがいづみちゃんだという。
でも、コイツは、こんなに彼女の事を知っているのに、彼女の事を好きなのに、彼女に一度も会った事がないって言うんだ。
電車の中で、彼女の友達たちが話している内容を聞いて、想像しているうちに好きになっちゃったって言うんだ。
そして、同じように、友達たちの風の噂で、彼女に好きな男の子がいるって聞いて、こうして落ち込んでいるという訳だ。コイツのツレ連中で相談して、結局、俺が川島の傷心旅行のおともに選ばれたという訳だ。
まったく馬鹿馬鹿しい。川の名前を聞いては溜息。空を見ては溜息。ダンゴムシを見ては溜息・・・・
俺もいい加減、疲れてきていた。
俺までつい、溜息が出た。その時、俺のケータイが鳴った。この旅行を企画したツレからだ。俺はケータイをとった。
「おう。お疲れ。ところでよ、切り上げて帰ってきてくんない?」
「は? なんで?」
「いや、実はさ。俺の彼女、例の女学校の3年じゃない?」
面白くない話だ。
「んでな? 例のいずみちゃんの件、それとなく探りを入れてみたらしいのよ」
「あー、それで?」
「いずみちゃんの気になってる男ってのもよ、俺らの学校でよ、ツレの中で良く話題になってるらしくって、電車の中で、話だけ聞いて、憧れてるんだとさ」
「は? それって・・・」
「川島の事らしい。だから、傷心旅行の意味ないって。早く帰ってこい」
俺は、ケータイを切り、溜息をついた。
なんだよ。俺ら、超馬鹿馬鹿しいじゃんかさ。




「みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ」

いづみ川の事を考えると、つい、あの娘の事を考えてしまう。まだ会った事もないのに。

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