百人一首物語その28 『山里』

焚き火がゆっくり燃える音だけが、家の中に響いている。この静けさ。外ではまた雪が降っているのだろう。いつしかレコードも回転を止めていた。スピーカーは、今は新しい信号を待つだけの存在に過ぎない。私が不意に眠りについてしまうまで、素晴らしい音で、ワーグナーを奏でていたのに。
暖炉の中の薪が崩れ、小さな音と共に、火の粉が蝶のように舞い上がる。
この暖炉にくべる薪は、秋にうちに業者に用意してもらう。こう山奥では、暖房は薪に頼らなければならなくなる。山奥での暮らしは、合理的だ。人との接触がないのだから、不合理が挟む余地がない。自然とは合理的であり、自然の中で暮らすとは、すなわち合理的に生きる事にほかならない。
残る不合理は、私だけだ。
草が枯れ果てたからといって、悲しいと思ってみたり、自ら選んだ事なのに、誰も来ないと憤ってみたり、誰とも合わせる時間などないというのに、太陽に生活時間が合わせられなかったり。
なにより、LOHASだなんだと、人を躍らし、自分も踊った末、こんな生活をしている事自体が不合理だ。私がここに住む為に整えられた環境が、エコロジーな筈がない。
それでも、この生活を辞められない私は、なにより不合理であり続けるのだ。



「山里は 冬ぞ寂しさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば」
なんか山奥で暮らしてると、寂しいでヤンス。なんかそんな意味。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。