百人一首物語その33 「松」

「ああ。俺は第2次ポリトラ攻略戦にいた」
 その古参兵は、静かにそう言った。第2次ポリトラ攻略戦は、もはや伝説の戦闘といえるだろう。二万五千の軍勢を相手に二千の守備隊で四ヶ月間も闘い抜き、援軍が到着、敵包囲が解かれた時には、守備隊は三百人にまで減っていたという、もはや伝説の闘いだ。私などは、士官学校の戦術論で、ポリトラはやったくらいだ。
 その伝説の生き残りの1人が、目の前のパッとしない古参兵だというのだ。私が、目を疑ったのも仕方がない話だ。
 周りの兵に促され、古参兵は、ゆっくり、ポリトラの事を語りはじめた。
 古参兵は、まず、戦争が始まる前のポリトラの街の様子を事細かに語りはじめた。とても良い水の出る井戸があった事、鉄鉱石の貿易ルートとして栄えた事、近くの丘からの眺めはとても美しかった事、広場の鐘楼からは隣町まで見えた事など……そして、戦禍によって、その街がいかに変わってしまったかを、語った。そして、見る影もなく変わり果てた故郷を、それでも守備隊が守る為に死力を尽くしたかを、淡々と語った。
 遠くにいた兵も、少しずつ、古参兵の周りに集まりはじめていた。その日は満月で、空には雲1つなかった。砦から見渡す限り、動くものは、月の光に照らし出された、小さな雲が落とす影くらいで、こんな夜には、敵の夜襲があるとも考えにくかった。直属の士官たちも、いい戦意高揚になるだろうと、このちょっとした騒ぎを黙認した。
 古参兵の話は深夜の交代の時間まで続いた。非番の兵は、その話に満足し、塹壕に戻った。見張り当番の者は、熱くたぎる思いを胸に、見張りへついた。
 三々五々に解散して行く兵を見ながら、その古参兵も、自らのバックパックを手元に引き寄せ、塹壕の壁に押しつけたりして、眠る場所を整えはじめた。
 私は、その古参兵に歩み寄ると、隣に座った。尻のポケットからスキットルを取出し、差し出した。古参兵は軽く目礼してから、中のスピリッツをぐいと呷った。
「さっきの話、嘘だな」私の言葉に、古参兵はゆっくりと振り向いた。私は続けた。「ポリトラの守備隊が、ポリトラ出身の者が多いのは、あまり知られていないが史実だ。だが、お前がさっき語った鐘楼、それは第1次ポリトラ攻略戦で既に失われている。第1次は300年も前の話だ。その鐘楼について、知るものは地元でも既にいない筈だ」
古参兵は、私の顔を覗き込むように見た。
「なぜ、少佐はそれを?」
「私も、古文書で知った」
「信じないかも知れませんが」古参兵はそう前置きしてから言った。「私は、第1次にも参加しているんです。昔、魔法使いに呪いをかけられましてね。私の同期は、あそこに生える古い松くらいなもんでさ」
古参兵はそういうと、上着をまくって、腹の傷を見せた。腹には、無数の傷跡が見えた。

・ 

「誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに」

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