百人一首物語 その38 「誓ひ」

男は、目隠しをされ、後ろ手に縛られたまま、広場の真ん中で座らされた。斬首刀を肩に担いだ死刑執行人が、男の背後にまわる。男は、目は見えずとも、気配で判ったのだろう。男は、遠目でも分かるほど震え、下半身を尿で濡らした。
斬首刑のクライマックスだった。
しかし、それを取り巻く群衆の反応は、違和感を感じさせるものだった。
私は、隣にいた老婆に、男の犯した罪を聞いた。老婆の目には、うずうず好奇心が動いていた。
「神に背いた罪だ」
老婆は答えた。
「神に……それはいけない」私は無神論者だ。そのこと自体は私の国では珍しい事ではないが、ただ、この国の客人として、礼として神を敬う動作を行った。そして訊いた。「で、それは具体的にはどのような愚かな行いだったのでしょう」
老婆は、私が旅行者である事を確認した。そして、広場の真ん中からは、決して目を逸らさずに言った。
「ヤツは浮気をした。夫婦になる際に神に誓いを立てたにも関わらず」
私は、思わず、「それだけ?」と言いそうになったが、口を閉ざした。この国の人たちにとって、それはまさに神に背く行為なのだ。私は、息を吐くと、「それは酷い」と短く呟いた。
老婆は、私の反応に、満足したかのように頷いた。
「で? その裏切られた妻はどこにいるのです?」
「あそこじゃ」
老婆が指さした場所に、整った身なりの美人が立っていた。私と同じ髪の色、この国では異邦人だろう。
「だから、街長ともあろう者が、異邦人を妻にするなど、反対じゃと皆反対したというに」
老婆はさも口惜しそうに言った。
なるほど、この国では街長は、かなりの地位と財産を持つ特権階級だ。あの妻の身なりも納得がいく。
「では、街長はあの女の人が?」
「街長は弟が継ぐじゃろうが、家や財産の半分は、あお女のものとなるじゃろうな」
「半分?」
「財産の半分は、神に背いた罪として、教会に納められる。それも決まりじゃ」
私は、妙に納得して、その場を離れた。
背後で、妙な熱狂を帯びた人々の声を聞いた。



「忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな」
あの人に忘れられた私の事なんか、どーでもいいの。それより、誓いを破ったあの人の命が惜しいのよ。

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