百人一首物語その47 「八重葎」

夏になると、怪談やお化け屋敷などが盛んになるのですが、あれは涼を求めてというより、そういう事例が夏は多いからだそうです。僕自身は霊感とか全くない方なのですが、やはり興味はあります。そこで、夏の終わりに、「よく見える」と噂の宇多島というヤツに、とびきりの物件を案内して貰う事にしました。宇多島は、それなら七生診療所がいいだろう、と言った。そこは「夏になると霊が集まる」ので有名なのだと言うのです。宇多島は、ちょうどいい、今から行こうと言うや否や、僕を車に乗せました。車は街を離れ、どんどん山の方へと向かっていきました。月のない夜に、鬱蒼と茂る森は黒い塊のようでした。車は、黒い塊をヘッドライトで切り裂きながら、走って行きました。途中ですれ違う車はただの一台もありませんでした。「そろそろ敷地に入るぞ」宇多島は言いました。宇多島は車を降り、錆びた門を開け、車に戻ってきました。門を潜り、しばらく走って、車は停まりました。廃墟は、ヘッドライトに照らし出され、暗闇の中にぼんやり佇んでいました。小さな診療所なのでしょう。小高い山の麓に建つその建物は、殆どを山に飲み込まれているように見えました。赤い瓦はところどころ剥がれ、窓ガラスは割れるか、磨りガラスのように汚れ果てていました。壁という壁には蔦が巻きつき、人の領域から外れている事が、人目でわかりました。知り合いは、懐中電灯をとり出し、車のエンジンを切りました。ヘッドライトも消え、僕らは暗闇に飲み込まれました。そいつは、懐中電灯の心細い明かりを頼りに、どんどん歩いていき、診療所のドアを開けました。懐中電灯の光で、中をぐるりと見渡すと、僕を振り向いて、こう言った。
「駄目だわ。秋が来ちゃってる。誰も残ってねぇわ」
どうやら、山ではもう季節は秋らしい。




「八重葎 しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり」
蔦とか絡まって寂しい人気のない家にも、秋は来るのねぇ。

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