Archive for 2010年8月

百人一首物語その86「月」

2010年8月31日
そんな訳で、僕は、母方に狼男の血を引いている。
だから、満月の夜ともなると、こう、血が熱くなって仕方がなくなるのだ。
嗅覚・聴覚が鋭くなり、身体能力も段違いに高くなる。流石に耳が生えてきたりしないけど、本当、自分としてはワイルドさ6割増しっ感じになっちゃう。
とは言っても、僕は生粋の日本人なので、狼の方も日本産。
つまりは、絶滅したニホンオオカミの血なので、いささか迫力には欠けるのいかもしれない。ニホンオオカミの現存する標本を一度だけ見た事があるけど、それは思ったよりずっと小さいもので、昔話とかからイメージしていたから、ちょっとガッカリすると共に、もの悲しくもなってくるのだ。
月夜に吠える僕は、あの剥製となったニホンオオカミの気持ちがわかる気がする。たった1人、生き残り、山を放浪していた、その気持ちが。
だから、今日みたいな月の日は、涙が出てしまう
僕の中の狼の血が、そうさせるのだ。
あの剥製にされた狼の悲しみが、そうさせるのだ。
「嘆けとて  月やは物を  思はする  かこち顔なる  わが涙かな」
なんか、月に嘆けと言われた気がする。そんな感じにかこつけたい、僕の頬の涙なのだわ。

 

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百人一首物語その85「閨」

2010年8月30日

君は、未だ見ぬ彼女との性行為を、心の裡に思い描いた事はないだろうか。

彼女をベッドの脇に立たせ、軽く唇に触れるようなキスを3回、その後に深い大人のキスを1回。そして、お互いの目を見つめ合ったあと、軽く頬に、そして白く細い首筋にキスを……と妄想した事はないだろうか。

そして、妄想は加速する。

彼女の艶めかしい肢体を余さず脳裏に焼き付ける為、その恥ずかしい姿態を鏡に映し彼女の羞恥心を煽る為、君は、その野獣のような行為を、全て明るい部屋で行うだろう。そして、その欲求は果てしなく高まり、窓を開け放し、他人の視線を意識しながら妄想の中の行為を成す事だろう。そして、思うのだ。みんな、そうに違いないと。だって、君の持っているエッチなビデオやマンガは、大抵がそうじゃないか!

かくして、明けやらぬ夜を、自転車で疾駆し、ラブホテル街を目指すのである。君の妄想の中の常識では、ラブホテルの窓は全て開け放たれているはずである。

そして、実際には、ぴしりと閉ざされた窓を見上げ、君は現実を知る事になる。世の中に横たわる、冷たい現実を。

「よもすがら 物思ふころは 明けやらぬ 閨のひまさへ つれなかりけり」

いとしい人の事を思うとなかなか眠れないの。朝になれば、この切なさも消えるのだろうけど、夜はなかなか明けないの。朝日が差し込んでこない寝室の隙間って、なんて私に冷たいんでしょう。もう!

百人一首物語その84 「長らへば」

2010年8月29日

【M新聞8月31日朝刊 みんなのこえ欄】より

昔が懐かしい
佐々山 トメ  無職・178歳(長野県百曲村)
ヒトより長く生きたからでしょうか、この頃は昔の事を妙に思い出してなりません。私が、村に住んでいた頃は酷かったものです。天候一つで作物の出来は左右され、作物の出来は、村の命の数を左右しました。幼い女児は遊廓に売られ、幼き男児は帰る事のない奉公に出され、乳飲み子は乳房をくわえたまま干涸び、老人は山に捨てられました。
今と比べると、本当に酷い時代だったと思います。でも、私には、その頃が懐かしくてならないのです。何故だか、恋しくてならないのです。
最近。風の噂で、私がまだ書類上も生きている事を知りました。家族は、私を山に捨てておきながら、死亡届を出していなかったのです。それは優しさでしょうか。それとも、別の感情でしょうか。その家族も全員鬼籍にはいったであろう今となっては、確かめようもありません。山に捨てられた私は、何故、生きているのでしょう。




「長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき」

百人一首物語その83 「道」

2010年8月27日

空手の道を究めるには……
そう思って、やはりここは山籠もりだろうと、夏休み最後の週に、市内のとある山に籠もる事にした。
期間は一週間。
ジャングルハンモックと薄手の寝袋、コンロや一週間分の食料などを特大のバックパックに詰め込んで、熊除けの鈴を鳴らしながら、山を登った。
ちょっと悩んだけど、一週間しかないので、眉は剃らなかった。
一日目は、キャンプベースを設営する事から始まった。
ハンモックはテントと違って、設営が楽だ。なにより、浸水に気をつけた、期間を考えて丈夫に設営したりしなくて済む。だから、なにより修業が出来るという事と水が確保出来るという二点を優先する事が出来た。万が一の事を考えて、携帯の電波が届く場所も確認しておいた。1日2回、ランニングのついでに留守録やメールを確認して、僕から生存確認のメールを送れば、それで充分だろう。
2日目からは修業に集中する環境が整った。入念に体をほぐし、ランニングで体を暖め、型をやり、気を練り、座禅をし、肉体改造に努め、木の幹を殴った。結局、一番困るのは、蚊にかまれる事だった。
3日目は、キャンプの場所を移動した。前の場所の近くにスズメバチが出たからだ。
ワンパターンな食事には飽きたし、コンビニに無性に行きたくなったけど、そこはぐっとこらえて4日目が過ぎた。
その日の夜、遠くで鹿の鳴き声が聞こえた。実に寂しそうな声だった。
僕は寝袋の中で、鹿を拳で殺す方法を夢想しながら、眠りについた。
次の日。
僕は山を下りた。
別に鹿が怖かったからじゃない。修業を断念したからでもない。
朝起きると、残り3日分の食料が無くなっていたからだ。
どうやら、昨日の鹿に食べられてしまったらしい。




「世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる」

百人一首物語その82 「涙」

2010年8月27日

「悪魔は男のことで、女の場合は魔女という」というのは、『奥様は魔女』で覚えた知識だったっけ。
その真偽はともかく、僕のところに来た悪魔は、女の子だった。
「願い事を言いなさい。叶えたげる。その代わり、魂ちょーだい」
かわいい顔をして、さらりと言うものだから、その言葉は不思議と迫力があった。
僕の願いは単純だ。
斉藤ゆかなと付き合う事。
僕は、斉藤ゆかなの事が好きで、夢が叶うなら死んだってイイって、マジで思ってた。
だから、魂くらいくれてやる気で、僕は契約書にサインをした。
悪魔は、矢印のように尖った尻尾をピンと立て、蕩けたように笑った。なるほど、悪魔は女に限る。この小悪魔め! と、僕はその時に思ったもの。
その日から、僕と斉藤ゆかなの距離は、ぐんぐん急接近していった。
そして、舞台は整った。
夜、街明かりの見える公園、クリスマスイブ、折しも雪が舞いはじめた。斉藤ゆかなは、息が白いねとはしゃいでから、「さむいね」と僕の手を握った。彼女の体温と震えが伝わってくる。ただ、寒さで震えているだけではない事が判る。
「好きだ。付き合ってくれ」
その言葉は、自然と口から出た。
何かに、背中を押されるように。
斉藤ゆかなは、涙を浮かべながら、笑って……。
その返事を聞いた時。
僕は、不思議と、涙が止まらなかった。
景色が涙で歪む。
おわかれだ。



「思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり」
思いの通じない人の事を思うと、死にそうになるけど、死ななくて、涙がぼろぼろ。

百人一首物語その81「ほととぎす」

2010年8月26日

初音ミクのライブには、当然のように徹夜組の行列が出来ていた。そして、僕も当然、その列に並んでいた。
初夏とはいえ、夜が明ける直前は、とんでもなく寒い。座り込んだ地面からは、エアクッションを突き抜け、寒気がお尻に染み込んでくる。足は小刻みに震え、体に巻き付けた毛布も、夜露に濡れて外側はしとどに濡れ、実は凍っているんじゃないかと思うほど冷たくなっている。
最初はお祭り騒ぎにハイテンションだったみんなが、次第にうつむき、うずくまり、疲れ果て、じっとしていた時……どこからか歌声が聞こえてきた。
その歌声!
初音ミクだ。
誰もがそう思った。
起きている人は顔を上げた。
振り向いた。
数人は立ち上がりもした。
僕も、思わず、立ち上がった。
初音ミクの声は、脳裏から聞こえてくるのか、本当に聞こえているのか、わからないほど微かだった。
だけど、聞こえる。
立ち上がった幾人かが、一斉に同じ方向を見た。
当然、僕もそちらを見ていた。同時だった。みんな何かを感じたんだと思う。
僕は、コンサートホールの外梁の上に、人影を見た。
今あらためて見ると、そんな人影は見えなかった。
でも確かに見た。
そんな気がした。
立ち上がった数人が、目配せをする。
「いたよな。確かにミクがそこにいたよな」
みんなの目は、そう言ってる気がした。
今は、その人影は見えない。
そこには、明るくなりはじめた空に、月がぽっかり浮かんでいるだけだった。



「ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる」
ほととぎすが鳴いた方を見たら、明け方の月が見えるだけだった。
※ホトトギスは夏を告げる鳥として貴族に愛されていたそうです。なかでも、最初の鳴き声は『初音』といい、特に好まれたそうです。その『初音』を聞く為に、貴族は山の中で徹夜をしたのだそうです。

百人一首物語その80 「今朝」

2010年8月25日

「それが、どうやら夢魔に憑かれたらしいんだ」
「憑かれたって……?」
近藤は黙って頷いた。近藤の手の中で、グラスの氷がカラリと音を立てた。
夢魔は夢に現れ、精を吸う霊的存在だ。
普段は風に乗って移動を繰り返し、夜毎に違う相手の精を吸うのが普通であるが、たまに同じ夢魔に憑かれるヤツがいるという。話にはよく聞くが、実際に憑かれたというヤツを見たのははじめてだった。
「おい、マジかよ? だ、大丈夫か?」
俺は思わず、訊いてしまった。俺の問いに、近藤は力なく首を振った。
「わかんね。多分、憑かれてるんだと思うんだけど、なんせ覚えてねーんだ。俺、夢とか一切、覚えてねぇ方だからよ。前から」
「じゃあ、どうして憑かれてる事がわかったんだよ」
「そりゃ、お前……」近藤は自分の股間を指さした。「毎朝、勃たねぇんだから。そうとしか考えられんだろ」
EDじゃねえの? と口に出そうとしたが、その前に近藤に制止された。
「わかってる。そんだけじゃ、決定的じゃねぇ。もう一つある。瞼にな、焼き付いてんだよ」
「焼き付いてる? ……何が?」
「女だ。長い黒髪の女だ。それがこっちを見て笑っているんだ。その顔が、俺の瞼にカッチリ焼き付いてる。毎朝、おんなじ女だ」
「夢、覚えてないんじゃないの?」
「忘れてるさ。でも、その顔だけは、焼き付いて離れないんだよ」
そう言って、近藤は手にした酒を一気に呷った。
俺は、近藤の背中を叩いて言った。
「まぁいいや。今日は朝まで飲もうぜ。とことんさぁ。そうすりゃ、その夢魔も呆れてどっか行くだろうよ」
「おう!お前こそ朝まできちんと付き合えよ!!」
近藤はそう怪気炎を上げたが、1時間後には、カウンターに突っ伏して鼾をかきはじめた。いくら揺さぶっても起きない。俺が呆れていると、俺がトイレに行っている短い間に近藤の体は消えていた。カウンターには万札が一枚置いてあった。
翌朝、気になって下宿を訪ねると、案の定、近藤は戻ってきていた。どうやら、知らぬ間に寝巻きに着替えベッドで寝ていたらしい。下宿に上がらせてもらうと、あのゴキブリも避けて通りそうなほど汚かった下宿が、奇麗になっていた。ベッドのシーツなど、糊が利いてまるでホテルのそれのようである。
「おい、この下宿、どうしたんだ?」
「ああ、知らない内にこうなってた」
そう言って、近藤はコンロにおいてあった鍋から熱々の味噌汁をよそって食べはじめた。
これじゃあ、夢魔に憑かれたというよりは、女房を貰ったという感じだ。



「長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ」

百人一首物語その79 「秋風」

2010年8月24日

どうやって病院を出たのかわからない。
気が付くと、私は公園を歩いていた。
どこに向かっているという訳でもない。歩きたい訳でもない。ただ、あの場所にいる事に耐えられなかった。居続ける事が出来なかった。あのまま、父の病室へ行く事が出来なかった。
だから、私は病院を出たのだろう。そして、こうして公園を歩いている。ただ、歩いている。
こういう時、ドラマなら土砂降りの雨が降るのだろう。夜の街を、傘もささずに、びしょ濡れになりながら歩くのだろう。
そんな気分だった。
無茶苦茶にされたい気分だった。
だが、今日は曇りだった。
秋の気配を色濃く載せた風が、公園の木々を騒めかせ、どんより垂れ下がった雲を、忙しそうに運んでいくばかりだった。
私は立ち止まり、空を見た。
雲に阻まれ、星は見えない。雲間から、月の光だけが時折、零れ落ちる。母の涙のように。
こういう時に、泣けない私は。
私なりの役割が、あの場所にあるのだろうか。



「秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ」
秋風に飛ばされて出来た雲の隙間から、月の光が差してきて、きれい。

百人一首物語その78「千鳥」

2010年8月23日

友達に変わり者の陰陽師がいる。彼は、腕は確かなのに、ある欠陥から立身出世を望まず、須磨の関守などという閑職を希望し、都を後にした。
ある日、須磨の方に用事があるので、彼のところに寄った。彼は、大変喜んで、私を歓待してくれた。私は彼の勧めに答え、質素ながら広大な屋敷に一泊した。
朝を迎え、私はビックリした。
あの寝坊で都いち有名だった彼が、私よりも早く起きていたのだ。
「おい、どうしたんだ。こんな時間に起きているなんて。君がこんな早く起きれるのなら、都で大きな役目に就けるぞ」
そう言うと、彼は首を振って答えた。
「あ、無理。コイツが起してくれるだけだから」
そう言って、彼は手に握られた、紙の千鳥を見せてくれた。
「なんじゃこれ」
「淡路から毎朝早朝に飛んでくる。式神だ。これが飛んでくるから、仕方なしに起きる」
「式神? 誰がやってるんだ」
「さぁ。わからない。でも術式からして、古くに設置された術式が、主亡き後も駆動してるって事らしい。実害はないから放ってある」
「でも式神だろう?害はないのか?」
「ないよ。単に眠れなくするためのものらしい。便利だぜ?君も使うか?」
「いや、使うって言われても、明日、京に戻るから」
そう言って断ると、彼はニヤリと笑っていった。
「そういうな。朝、俺を起した式神をそのまま、京のお前の家にまで送らせてもらうよ」
「そんな事出来るのか?」
「出来るよ。じゃあ、そういう事にやっとくから。
「わかった」
私は、それから私は京都へ帰り、疲れ果ててぐっすり眠ってしまった。
次の日、私のところに、淡路島の千鳥が来ていた。しかし、彼の家から、再び命令を与えられ、京都まで飛んできただけあって、自宅に着いたのは昼過ぎだった。
どうやら使えないようだ。



淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守」

百人一首物語その77「瀬」

2010年8月22日

体に染みついたタイミングで、ロッドを前後にゆっくり振る。繰り出されたラインも独特の軌道を描き、宙を泳ぐ。ラインの先には、ヘラジカの毛で作ったエルク・ヘア・カディス。トビケラを模したと言われるこのフライは、定番であり万能だ。始めての渓流も、慣れ親しんだ渓流も、このフライであたりをとる。
流れの早い瀬を、岩陰を中心に流しながら、渓流を遡上していく。
流れは、岩の大きさ、流速、蛇行の具合、深さ、底石の色、そして景色を目まぐるしく変えながら、流れていく。その変化を感じ取りながら、それぞれに適したポイントに、フライを投げ入れ、魚影を探していく。時には川底の石をひっくり返し、水棲昆虫の種類を確かめながら。
川は必ず、上流から下流へと流れる。音や気配も、流れに沿って伝わっていく。だから、気配が魚に伝わりにくいよう、遡上しながら釣っていく。
上流へ上がるにつれ、二股に別れた川が、再び一つになる事はない。どちらかが支流。もう一方より、より細く小さくなるだけだ。その時々の選択が、釣果を左右する。
釣りを終え、下流へ戻って行く時に、流れが分かれても、また一つになる時もあるのだと、ぼんやり思うだけだ。それは総じて、意味がない些細な事だ。



「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ」