百人一首物語その57「月」

ーまず、そのスティーブ(仮名)という患者についてお聞かせください。
「スティーブは、解離性同一性障害…多重人格と言った方が伝わりやすいでしょうか……その重度の症状が出ていました。スティーブの心の中には、診断されただけでも5人の別人格が確認されていました」
ーその5人の別人格について、教えていただけますか
「アンナは20代の女性です。頼りがいのある明るい性格です。ポールは12歳の内向的な男の子です。アンディは18歳、理知的でみんなのまとめ役です。そして、7歳の女の子……名前は教えてくれません。そして、本人であるスティーブです。ただ、私はスティーブとは殆ど話をしていません」
ーそれは、なぜですか。
「私と出会った時には、スティーブは、文字通り自分の殻に閉じこもり、殆ど表に出てこなかったからです」
ー治療方針を教えてください
「まず、全ての人格と接触し、信頼関係を築く事から始めました」
ーそれは、上手くいっていましたか
「はい。特に、アンナとアンディは私を信頼してくれていましたし、5人の関係も事細かに教えてくれ、治療にも積極的でした」
ー5人の関係……ですか
「5人は別人格です。5人はお互いに認識していて、それぞれ関係を築いています。
ー残りの3人と、貴女の関係はどうでしたか
「ポールは、アンディの紹介で、徐々に話をしはじめたところでした。7歳の女の子に関しては、アンナがその子の存在を教えてくれたからこそ、確認出来たのです」
ーこの病気は完治するのでしょうか。どのような状態が完治なのでしょうか
「人格の同一性を受け入れる事……つまり人格が一つになる事です」
ーそれは、本人以外の人格が消えると言う事でしょうか
「少なくとも私は、そうは考えていません。あくまで、統合されるものと考えています。症状から行くと、人格が消えたように見えますが、実際には残った別の人格に吸収され受け継がれると思います」
ー残るのは、スティーブの人格ですか
「そうとは限りません。たとえ残ったのが結果、スティーブだったとしても、他の人格が受け継がれて行く中で変化し、元のスティーブでは無くなってしまうからです」
ーなるほど。では、貴女が提出した報告書の中で、『ムーン』と呼ばれている人格は、どういう過程で出来たのですか。
「わかりません。ただ、個人的には、ムーンはスティーブではないかと思っています」
ー『ムーン』は何故、そう呼ばれるのですか
「月が見えている時しか、表に現れないからです」
ーそんなものに影響されるのですか
「極めて珍しい症例ですが、前例がない訳ではありません」
ーもう一度、お聞かせください。月の出ている時は、『ムーン』という人格に支配されている訳ですね。
「必ずではありません」
ー最後の質問です。満月に照らされた病院の中庭で、ウォーレン・スミス教授を殺したのは、『ムーン』ですか。
「わかりません」
ー異常で質問を終わります。
         ・
(第1回公判記録、検事によるクララ女史への質問内容より抜粋)



「めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな」
逢ったかどうか、わからないくらの逢瀬だった。まるで雲隠れしまった夜半の月のように。

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