百人一首物語その61 「八重桜」

ここ、パンドラに多くの観光客が集まっていた。
土星の9つの輪に移植された桜プラントが、開花の時期に一直線に並ぶのだ。8年に一度の事となれば、話題にならないはずがない。
プロメテウスの採掘センターに勤めている父のコネがないと、土星育ちの僕でも、こんな特等席で見る事はかなわなかっただろう。土星では珍しい太陽系規模のイベントなのだ。
僕は、リンクの手を取り、採掘塔の3Fへと向かう。暗がりでこっそり屋外スーツを着て、トイレの横の、今は使われていないハッチを使って、外のバルコニーへ出る。乗り出そうとするリンクの肩を掴んで引き戻す。ここは管制外なので重力制御が甘いのだ。リンクの手を握り、2人で手摺りを握る。意味もなくお互いの顔を見て笑うと、空を見上げる。空を斜めに横切る大きな土星の輪。その上を滑るように吉野桜のプラントがゆっくり移動する。
もうすぐ一直線に揃う。パンドラにサイレンが鳴り響き、アナウンスの後に、パンドラ中のライトが消える。
吸い込まれるような宇宙の虚無。飴色蜂蜜色柿色山吹色色とりどりの土星の輪をバックに、プラントの人工太陽が輝き、そして満開の吉野桜を照らす。9つの輪のプラントが一斉に防御壁が開くと、桜の花は太陽風にそよそよと揺れ、その花びらを一斉に宇宙空間へと放出する。
桜色のコズミック・ウェーブ。
僕は、リンクの顔を見るのも忘れて、その圧倒的な光景に心奪われた。
リンクの手に力がはいる。僕もリンクの手を握り返す。



「いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな」

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