百人一首物語 その67「手枕」

「だから、違うんだって、斉藤さんが間違えて……」
「被告は、勝手に発言しないで下さい」厳しい口調で言われた僕は、仕方なく口を噤み、椅子に腰掛けた。委員長は言葉を続ける。「では、目撃者の佐々木さん、証言を続けて下さい」
佐々木さんは、再び、話しはじめた。自分はトイレの為に早起きした事、そして、使われていない筈の102の和室のドアが少しだけ開いていた事、不思議に思い覗き込んだら、和室の真ん中に布団が敷かれ、僕が腕枕をして斉藤さんと寝ているところを目撃したと続けた。どよめきの声が上がる。別にはじめて聞いた訳でもあるまいに。あれだけ噂になったんだから、知らないなんて事がある訳ない。
「それは本当ですか?」
検事が、僕に問いかける。
「あの……ですから、斉藤さんが……」
「聞かれた事だけに答えなさい。」
「……は、はい」
僕は返事するしかない。検事は証言者に先を促す。
「で、あなたはどうしましたか?」
「委員長を呼びにいきました」
「それは何故ですか?」
「自分では、どうしていいかわかりませんでした。だから、委員長なら何とかしてくれると思って……」
「何故、先生を呼びに行かなかったんですか?」
「あの……修学旅行中にこんな事が発覚したら、停学処分とかなるんじゃないかなって思って……」
「なるほど、つまり、一目で停学処分もやむなしという状況だったと判断した訳ですね?」
「ちょっと、待てよ!おい!」
僕は思わず、声を荒げる。
「被告人はお静かに。意義がある時は、弁護人を通じて意義を申し出て下さい」
僕は隣に座る、山口の腹を肘でつつく。山口はゆっくり、手を上げると言った。
「異議有り。なんか、その質問、嫌な感じ」
山口ェ。お前弁護士役なんだから、なんとかしてくれよ。
「意義を却下します。証言者は質問に答えて下さい」
証言台に立つ吉野は、手をもじもじさせた後、僕の顔をチラリと見てから言った。「はい。そうだと……思います……」
教室がどよめく。
「静粛に静粛に」
委員長が机を拳で叩き、静かにさせようとする。
修学旅行中、風でぶっ倒れた僕は、1人和室で寝ていた。熱は38.8度まで上がり、僕は意識も朦朧としていた。処方されたクスリの効果からか、僕は夢と現の境目をわからずに、眠り続けた。いつのまにか、夜になり、僕は1人で旅館特製のお粥を食べ、また眠りについた。そして、明け方、委員長に無理矢理起こされた。目を開けると、目の前に斉藤さんの長いまつげが見えた。斉藤さんの甘い息が僕の頬を撫でた。斉藤さんが僕の腕を枕にして、何故か、僕の布団に潜り込んで寝ていたのだ。
その場は委員長が収めてくれた。先生にこの一件は伝わらず、僕も斉藤さんも無事、修学旅行を終える事が出来た。
だが、結局、この話は他のクラスメイトに漏れ、こうして、生徒だけで、裁判が行われる事になってしまった。
修学旅行が終わってから、2日、斉藤さんが学校を休んでいる事も、原因となっているように思う。
斉藤さんはここにはいない。だから、斉藤さんが何であそこにいたのか、その答えを唯一知る人間は、この場には誰もいない事になる。
でも。
それでも、こういう場を持たなければ、教室の世論が爆発する可能性があると委員長は判断したんだろう。
かくして、僕はクラスメイトを全員に責められる状況が続いている。斉藤さんは美人で、誰にでも好かれる人物で、一方僕といえば、あまり目立たない図書委員だ。ようは、僕は、今、パブリック・エネミーなのだ。
「では、被告人。以降、クラスメイトによる君の処遇を審議する訳だが、その前に、何か言いたい事がありますか?」
僕は立ち上がり、前に出た。
信じてもらう貰わないはともかく、とにかく言わなければならなかった。僕が言わなければならなかった。
僕は、教室を一巡、ぐっと睨むと、口を開こうとした……
「待って下さい!」
教室の戸を勢い良く開く者が居た。
斉藤さんだった。
斉藤さんは、制服のタイも少し緩めに結ばれ、どことなくいつもの斉藤さんのキチッとした感じがなかった。
斉藤さんは、頬を上気させ、興奮したように言った。
僕に、突然の事に口を半開きにして斉藤さんを見ている僕に向かって。
「好きです。」
教室を静寂が覆った。誰もが、あまりの事に、あまりの展開に、声すらも出せないほど驚いていた。
その静けさを破ったのは、斉藤さんが倒れた音だった。僕は斉藤さんに駆け寄り、上半身を起した。持っただけでわかるくらい、スゴイ熱だった。



「春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ」

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