百人一首物語その70 『秋の夕暮れ』

今年の夏は、えらく暑かった。
それはそれは暑かったので、夏が終わった頃に一気に疲れが出たとみえて、二日ほど寝込んでしまった。
熱にうなされ、ふと目が覚めた時、体が軽くなっている事に気が付いた。ふらつく頭を抱えながら、なんとか立ち上がる。左足が重い。どうやら、軽いのは右半分だけのようだ。とりあえず、顔を洗って少しはサッパリしようと洗面所に行き鏡を見て、ようやく右半分が『ない』事に気が付いた。
『ない』のだ。薪を縦に真っ二つに割ったかのように、左しかないのだ(鏡には、右しか写っていない事になる)そうなると、断面がどうなっているのか気になるもので、角度を上手く調整しながら、鏡で断面を見ようとするも、処理落ちしたポリゴンのように、上手く角度が合わせられない。デートを控えた男の子のように、鏡の前で色々やってみた揚げ句、どうやら、断面もないようだと思い至った。
とりあえず、救急車でも呼ぼうかと思ったが、なかなか説明に苦しむ状況であるし、少なくとも、死んではいないのだから命に別状はないのだろうと素人判断。やる方なくベッドに寝転がる。しかし、右がないとなると、寝返りひとつ打っていいものやら悩んでしまって、のんびり寝てもいられない。ここはひとつ、週明けの仕事の準備をしようと殊勝な事を考えメールをチェックしようとパソコンを立ち上げるも、右手がなくてはマウス一つ満足に扱えない。キーボードなど、もってのほか。これでは、仕事に差し障る。右がないのはいつまで続く? 一生というのなら、今のライター家業ではやっていけぬ。この際だから安定した職に就くべきだろうが、左だけでそんな職にありつけるだろうか。
そこまで考えて、流石に心細くなり、2DKの我が家を飛び出す。秋の夕暮れが、街を景色を街路樹を車を人をオレンジ色に塗りつぶしている。街も景色も街路樹も車も人も、どれもこれも同じように右半分が『ない』ようで、僕は安心する。



「さびしさに 宿をたち出でて ながむれば いづくも同じ 秋の夕暮」
あまりに寂しかったので、家から飛び出たら、どこも同じように寂しかった。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。