百人一首物語その76「白波」

「ちょっと、休まず漕いで下さいよ」
そう言うと、タカナシ先輩はギロリと僕を睨んだ。先輩はオールを宙に上げたまま固定すると、ごろりと横になった。こうなっては仕方がない。僕もオールを引き上げ、空を見上げる。空は突き抜けるように青い。どこかから、鳶の鳴き声が聞こえてくる。どこか高いところから。
「平和だなぁ……」
タカナシ先輩が、しみじみと言うので危うく同意しかけた
「ちょっと、平和じゃないですよ。僕ら仕事出来てるんですよ? 沖合の白波を調査に来てるんじゃないですか」
そうなのだ。数日前から、頻繁にこの浜辺の「沖」で白波が観測されているのだ。付近の漁師が何度も報告してきている。しかし、海岸には高波が来ている訳でもない。沖だけに波が発生しているとしか思えなかった。
勿論。最初は漁師の見間違いだと思った。しかし、防衛庁から取り寄せた同時刻の衛生からの写真を解析した結果、確かに沖に白い曳航線のような白い線が写っていたとなれば、生物災害対策課としては動かざるを得ない。もし、巨大な海洋UMAだったりした場合、他の省庁に出し抜かれる訳にはいかないのだ。だから、万が一の事を考えて、ボートに船外機があるにも関わらず、オールで漕いで沖まで来たのである。UMAに、エンジン音を嫌がるヤツは多いからだ。その判断は正しかった。ただ、手漕ぎがココまで大変で時間がかかるとは予想外だった。そして、想像以上に先輩が体力を消耗した事もまた想定外だった。
「この件も、鯨かUSAの潜水艦ってとこだろ?」先輩は空を見たまま言った。「帰りは外部スクリュー使おうぜ」
僕が頷きかけそうになった時、先輩の背後200メートル先の海面に白いものが見えた。
「先輩後ろ!」
タカナシ先輩がバランスを崩しながらも、後ろを振り向いた。白い波頭は見る見る内に大きくなり、曳航線のように海の上に白い線を引いた。
タカナシ先輩は、ケータイを取り出しGPSから現地点を確認する。
「確かに、数日前の証言とほぼ同じ位置だ……しかし、アレは波……か?」僕にもその異常さが伝わっていた。「ありゃあ、雲と言った方が近いな」
確かにその通りだった。海から、雲が立ちのぼっていた。それも数キロに長さにわたって。あの衛星写真に写った白い筋は、これだったのだ。
「おい、ビデオカメラ回せ。熱源フィルタはONだ」
僕は先輩の言われた通り、すぐさま荷物からカメラをとり出し、録画を始める。サブモニタを開き、ジョグを回して熱源フィルタを簡易的に動かしレイヤに重ねる。すると、300度近い高温の物質が、雲の下、海面かすれすれに浮かんでいるようだった。
「こ、これは……」
僕は息を飲んだ。先輩が極めて冷静な声で、つぶやくように言った。
「龍だ。こりゃ、手に負えねぇな」
そういうと、先輩はバランスをとりながらボートの上を立ち上がると、船外機のエンジンをかけた。
「おい、逃げるぞ! お前はこれ、録っとけ!」
「は、はい」
僕は返事をするのが精いっぱいだった。




わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」

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