百人一首物語その88「難波」

「彼女は、ここら辺では見ない制服を着て、駅前の広場に座っていたんだ。丸い石で出来た椅子に腰掛けてね。長い髪が似合っててね。夕方の人待ちが多い広場の中でも、ひときわ目立っていたよ。僕がいつも座っているコーヒーショップの窓際の席から、彼女の座っていた場所はちょうどよく見えたんだ。いつものように、ノートパソコンを持っていって、仕事をしていたんだけど、どうにも捗らなくってね。窓の外と時計ばかり見ていた。だから、彼女が1時間以上同じところに座っているって事に気が付いたんだ。僕はそれでも、なんとか時間通りにその日のノルマの分を書き上げて、コーヒーショップを後にしたんだ。妙に寒い日でね。店を出ると、僕は大きく身震いをしたんだ。まるでネコみたいにね。その様子を見てたんだろうね。ふと顔を上げると、彼女が……そう丸い石に座っていた彼女が、口に手を当てて、僕を見て笑っているんだ。僕も、つられて笑ってしまったよ。そう。僕が笑われているのにね。僕は、自然に丸い石の前に行くと、彼女の前にしゃがみ込んだ。『大丈夫かい?』僕はそう訊いた。すると彼女は『大丈夫よ』って。『本当に? だって、ずっと舞っていたんじゃないの?』すると、『あなたも、ずっと見ていたのね』と言った。だから、僕は仕事だと言ったら、彼女も仕事だと答えたんだ。彼女は制服を着ているのにね。おかしいだろ?」
「で? 君はその子と一緒にご飯を食べて、ホテル代を出してやったのかい?」
「あれ。よくわかったね。この話、した事あったっけ?」
「いやぁ。まぁーねぇー」
「難波江の  蘆のかりねの  ひとよゆゑ  みをつくしてや  恋ひわたるべき」
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