百人一首物語その94 「秋風」

「ちょっと、どこ行くんですか?」
「いいとこだよ」
僕の問いに、助手席の斎藤先輩が満面の笑みで答える。それを鼻で笑いながら、運転している河井先輩がルームミラーを見ながら言った。鏡越しに僕と視線が合う。
「今から、古の都にいくんだよ」
「え? 都? どこですか?」
「いいとこだよ」
そう言うと、斎藤先輩はニシシと笑った。
三人を乗せた車は湾岸線を一路西へ。神戸の繁華街三宮を過ぎ、元町を越えてしばらく行ったところで、車は止まった。
そこは、不思議な街だった。
ここに「昔の都」があったような事を思わせるような建物は一つもなかった。道の両側に雑居ビルは建ち並び、派手な看板が並んでいる。しかし、活気がある風には見えない。道には、お店の人であろうか黒いスーツを着た男が寒そうに立っているが、僕らを見ても、声をかけるでもなく、ただ、値踏みするように見るだけだった。近くに迫る六甲山からすっかり秋めいた冷たい風が、道を吹き抜けていく。
不安げな顔をしていたのだろう。斎藤先輩が僕に訊いた。
「この建物、なんだと思う?」
「えーと……ラブホテル?」
「惜しいな。というか、なんでお前連れて来なきゃならないんだよ」
「あの、すいません、僕、そういうの……先輩達の思いには答えられな……」
「おい!」そう言うと、河井先輩は僕の背中を力いっぱい叩いた。僕のジャンパーを打つ音が響き渡る。道に立つスーツ男達が、僕らを見る。「いいか。ここは福原だ。聞いた事あんだろ?お前、経験した事ねぇっていうから、連れて来てやったって訳だ」
「け、経験って?」
「いいから、怖がってちゃ、何にも出来ねぇぜ」
斎藤先輩はそう言うと、僕の手を握ってぐいと引っ張った。
「どっか知ってるか?」
「いや、俺もなぁ、知ってるトコ今日休みみたいでよ」
「俺も専門は琵琶湖の方だしよ」
「まぁいいか、適当で」
「いいんじゃね」
2人の先輩は、僕に聞こえる事もお構いなしで、密談を交わすと、一番近い建物に僕を連れて入っていった。建物の入口には、『福原京』とだけ書いてあった。
「すいません、こいつ、はじめてなんで頼みます。90分コースで」
そういうと、先輩たちはお金を置いて、出ていってしまった。
店の黒い服の男に、僕は待合室のようなところに案内された。妙に安っぽいソファに座らされ、落ち着かないことこの上ない。しばらくすると、さっきの男が、ここから出て向こうに行って下さいという。勝手も分からず、従うと、部屋を出た暗がりに、女の人が1人立っていた。
「はじめまして。沙織と申します」
その女の人は深々と頭を下げると、僕の手を握り、すっと腕を組むと、僕を先導して歩いた。
僕は、僕の肩くらいのところにある女の人の顔を見た。暗くてよくわからなかったが、色白でまつげの長い奇麗な人だった。彼女が、ふと僕の顔を見た。思わず、目が合って、僕は思わず俯いた。石鹸とくちなしのイイ香りが、鼻腔をくすぐった。
「さ、いきますよ?」
彼女の声と共に、ぐるんと、世界が一回転したような、妙な浮遊感がいきなり襲いかかってきた。僕は目を見開いた。そこには何も見えない闇だった。彼女の手が、僕の腕をしっかり掴んでいるのだけは鮮明に判った。僕の腕に何かとてつもなく柔らかいものが押し付けられていた。
ふ、と気が付くと、周囲に光が戻っていた。
くっきりとした影、強烈な夏の日差し。
土の匂い。
道を行き交う牛車、まるで雛人形の下の方にいる左大臣?みたいな男どもが腰から大きな刀を下げている。大きな道の両脇には、黒い瓦葺きと白い壁。まるで、大河ドラマのような現実離れした、その景色。
そして、私の手を取るこれまた雛人形の三人官女のような服を着た、さっきの彼女。
「ようこそ、福原京へ! さぁ、この古の都を、90分、存分にお楽しみ下さい。わたしがご案内致しますので」
「み吉野の  山の秋風  小夜ふけて  ふるさと寒く  衣うつなり」
古い都にきてみたら、秋風が吹くし、寒くて寂しいもんじゃね。
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